東急バス 渋23

渋谷-祖師ヶ谷大蔵を往復している

東急バス 渋23

について

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By admin on 2012年5月20日 | 発見, 談話

生き様

私の生き様は
ある信念を貫き通すことにある

それは、
思考を止めないこと

この場合の思考とは、
知的好奇心や何事にも諦めずに乗り越えることを指す
そして、色んな言葉で
それは表現されている

今の時間は今しかない
過去の時間に戻りたいのは
過去に後悔があるからだ
過去に後悔しない為には
今を全力で生きるしかない
しかし、それを努力しても
過去の後悔は消えることはない
ただし、努力した分だけ理想に近付くことが出来る

過去の自分に地震を持つのもいいかもしれないが
今の自分が1番になれるように努力しなければならない

 

 

 

組織の考え方で、すごく共感できた言葉
俺の考えてた思考をそのまま言葉にできたとしたら、こんな良い言い回しになるのか、、、
文才が無いのゎ悲惨だ

分析は戦略ではない。戦略という未来への仮説は様々な要素の非線形的な統合である「思いつき」からしか生まれない。
トップはトレードオフの重要性を認識はしているが、できる立場になく、また逆に優先順位をはっきりさせることによる副作用を懸念している。
どれだけ時間をかけても、戦略実行の準備に「十分」ということはない。どこかで踏み出さなくてはならない。
戦略の具体化には限界があり、むしろ試行錯誤を通じて実行される必要がある。
評価制度は全てではないし、評価制度にこだわることでより本質的な問題から注意がそれる。
責任の所在が実行できない理由として取り上げられるのは、誰も真剣に戦略に取り組んでいない証拠である。
部門はそれぞれ異なった役割を持っており、対立や緊張は避けられない。対立があるからこそ創意工夫が生まれ、プロジェクトの完成度が高まる。
納得するとは、論理や力で相手に屈服させられることではなく、相手の立場、価値観を理解し、許容することである。論理で100%納得させることはできない。
戦略の実行は、そもそも片手間でするものである。
情熱があることと、それが実行に生かされるかどうかは同じではない。情熱は、お互いに打ち消しあったりするし、浪費されれば枯渇する。

 

 

つまり、新しい事を何か始めようと思って準備を始めるとする
もちろん、準備の目標は”完璧”を目指すわけだが
”完璧”というのは、いつまでたっても訪れることがない

難関資格(司法書士とか)を取ろうと思い立つ

教本、対策本、過去問を買う

全て理解するまで勉強する

いつまでたっても完璧に覚えきれない

いつまでたっても試験を受けない

挫折

 
極端だけど、こんな流れか

俺の場合一番困ったのは
サイトを立ち上げようと1から情報集めをして
いざ、やろう!
と、したときに
”完璧なサイト”を追いかける習性があって
デザイン・システム・サーバー構築・ネットワーク設計
全てにおいて完璧にしようと思ったんだけど
予算も人数も居ない時
やはり、どこか妥協してはじめないと
何も達成されないことが教訓になった

つまり、基礎をとりあえず作って
そのあとからブラッシュアップできるようにしていくしかない
とりあえずリリース
それから、毎週、毎月の単位で進化していけば
それは目標としてたものに
すごく近づく
ネタが切れることは無いから、常に良いサイトになる

あーでも、このサイトゎ
何か向上心がある人の為に
もしくは、起爆剤になればいいな~ぐらいにしか思ってないから
デザインもテキトーだし、文字数だけ異常に多いサイトになってるwww

あと、仕事も恋愛もそうだけど
論理が正しければ
ロジックが正しければ
それは、全てに於いて相手を納得させれるか
というのは
やはり不可能だと思う

上記の引用文は、全て共感したものについて抜き出してるんだが

理屈で話をする人間にしか、理屈は通用しない
誰が言ってたか忘れたけど

農民は天下を語らない

という言葉
まさにこれ

理屈という物差しでは
人間の感情は量れない

ただ、理屈ではかれるものは
 ・謀
 ・計
ぐらいなものか

ある程度の予想と計算で相手を術中にハメることは出来るかもしれないし
ある程度有利な条件に導くことはできる

だが、真剣勝負
50%50%の時には
通用しない(後ろめたいことをしない時に限る)

そこを埋めてくれるのが
 ・モラル
 ・理性
とかなんだろうなと
最近よく懐う

人徳というか、信用というか
誠実・真面目に打ち込める人間は
後ろめたい人間を凌駕する

ただ、誠実・真面目の基準は
人それぞれだと思うが
自分の信念を貫くことが
やはり重要なのだと思う

信念に一貫性があれば
それは、まぎれもなく
誠実・真面目なのだと

By admin on 2012年3月24日 | 未分類

曹操 孟徳(そう そう もうとく)

曹操 孟徳(そうそう もうとく)は三国志の時代に活躍した魏の王である

というのが、普通の見解だと思うが、
俺の中でゎ
全くそんな話ぢゃない

いや、むしろ
そんなミーハーどうだっていいんだ
俺ゎ

曹操が死んだ年表を見て
泣いたwww

こんなに思い入れのある人間ゎ
身内以外でゎいないぐらいだwww

どこら辺が好き?
と、聞かれると
困るが
あえていおう

全て好きだ!とwww

何よりも

曹操の思考が大好きだ
好きすぎる

同じ失敗を2度としないところなんか
普通ぢゃん!と思われるかもしれないが
意外と、2度の失敗をやるのが人間だ

だが、曹操ゎ2度の失敗をほとんどしない

すばらしすぎる
人間の極みの理想像がここに!
的な感じだ

たとえば、自分が思う理想の人間とはなんだろうか?
考えてもみてくれ

パーフェクトな人間

自分が思う完璧な人間

会ったことあるか?
見たことあるか?
考えられるか?

・未来を予想できる
・失敗をしない
・重要人物とすべて知り合い
・使い切れないほど金を持っているor稼いでいる
・年齢が若い
・皆から好かれる
・イケメンor美女
・身長が高い
・運動神経が(*゚∀゚)ィィ
・強い
・知らないことがない
・頭の回転が速い

さぁ
こんなパーフェクトなやついるか?
いないだろうきっとwww

しかし、

この大半を押さえている男
それが
俺の中でゎ曹操だwww

信長も好きだが
曹操のほうが人間としてゎ最強だ

と思われる
俺の中でだから、批判ゎするつもりゎない
むしろ、

俺ゎ曹操よりも郭嘉が好きだし、賈クが次に好き

だwww

でも、人間として一番燃え尽きた男を
俺ゎ曹操以外知らない

信長ゎ途中で殺されてるし
郭嘉ゎ途中で病気で死んだし
賈クゎ一番狙ったけど、曹操の魅力に勝てずに終わったし

というところだ
で、何がすごいか?

まず、若いときゎ

体力もあった(鷹狩とかしてたから容易に想像がつくだろう)
イケメンだった(ほとんどの女が魅了されたらしぃ)
舞、つまり踊りもうまかった(余興ごとに優れていた)
詩も作ることができた(詩人でもあった)
金持ちだった(皇帝の右腕曹謄の孫だった)
魅力があった(かなりの数の頭が(*゚∀゚)ィィ人材が曹操の為になら死ねると考えていた)
そして
なによりも
頭がよかった!(思考がすごかった)
弁舌でゎほぼ、勝ちを収めている

少年時代ゎ族もやってたからな
で、弁舌で敵の族を解体してたし

20歳の時にゎ、超仕事できる人間だと
一目置かれるレベルだった
なんつっても、規則(ルール)を作り出せる人間だったから
治安が改善された(治安が良くなった)
何よりも、目的に対する執着心がすごくて
皇族の人間がルール違反したからって 殺しちゃったぐらいだからな
まぁ、結果論で殺しただけだが
ちゃんと、注意ゎしたみたいだし
理屈で殺したっていうのが正しいところだろうな

一言じゃ語りきれんwww
とにかく、

曹操ゎ最高すぎるwww

曹操 孟徳(そうそう もうとく)の生い立ち

まずは曹操の子供の頃の話や、おじぃさんの曹謄の話

曹操の叔父(おじぃさん)の名前は曹謄(そうとう)と言う。

その曹謄というじぃさんは中常侍という職についており、当時の大権力者だった
当時の中国のでは武力(権力)が全てなのだ

中常侍とは、帝(皇帝)の近くに仕える(後宮)、帝の意志を重臣たちに伝える為の職業(部署)で
宦官の中から任命されたらしぃ

曹操の父の名は曹崇で、曹謄の養子になった。
宦官はチンコを切り落とされるので、子供が産めない。
だから、曹謄は曹崇を養子にした。

曹謄はよく曹操(当時は阿瞞”あまん”と呼ばれていた)に
「元気なことはなによりだが、思慮深く行動することを忘れてはいけない」と口語していたようだ。
今の世の中では信じられないぐらい治安が悪い時代なので、都の中にも賊が出没していた。
また、権力の争いに勝ち残った曹謄の経験談からの色々な意味を込めたアドバイスだろう。
当時の権力と言えば、金である。
権力がある人間は、自分より下の権力を与えることができた。
[1]その為、権力がある人間のところに役人という肩書が欲しい人間がお金を持ってくる。
[2]そして、権力がある人間はお金を持ってきた人間に役人という肩書を与え、
[3]そのお金を複数集めて、今度は都の官職を買って出世or官職という商品を手に入れる。
そして、また[1]から繰り返す感じだ。
また、[3]の金額は1億銭という話だが、、、はて現在のレートに直すといくらだろう?
ヒントは
 5銖銭1枚が1銭。
 24銖で1両、16両で1斤、120斤で1石
 BC119年に発行された5銖銭が、その後700年以上貨幣の標準
 後漢末期の三公(大尉,司徒,司空)の月給が350石
 日本の首相の月収は334.9万円(推定)
 三公の地位は今の比じゃないと考えられる
 では、仮に2倍の月給を貰っていたとして、約700万円=350石
 1石が約2万円
 これを先の200銭と読替えたとしたら、1銭=100円

つまり、1億銭は単純計算で100億円になる
なんともボロい商売だ

曹操が15歳の時、叔父の曹謄から曹崇に渡すようにと文書(100億円)を受け取り、
家に帰る途中に賊もどきのおっさんに剣で襲われた。
で、その文書は奪われてしまう。
おっさんは文書とはわかっていなかったようだが。
で、奪い取ってきた物を開けてみると、
中には竹簡で書かれてある文書だけだ。
当時は教育という教育は一般人に浸透していなかった為、だれも文字を読めない。
で、「なんだこりゃ?」と思ってる時に
曹操がおっさんから襲われた剣で後ろから斬りつける
そして殺す。

曹操の幼少の頃(15歳前後)のお供は曹仁が主だったようだが、
おっさんから襲われた時には、まったく役に立っていなかったようであるwww

で、

おっさんを殺した曹操へ曹仁が

なにも殺さなくてもいいじゃないかと言ったようだ

そしたら曹操は曹仁に
「人を脅し殺すを商いにする者あやむるにはばからず」と曹操は言っていたようだ
この歳でしっかり自分の意思(正義)を持っている曹操は一人前だ

曹操はこの頃から、数々の兵法書や五経などを暗記し、武芸を磨いている(剣の舞とか)かと思いきや
女の子たちの中に入って歌舞に興じていたらしぃ

ちなみに、五経というのは「易経」「詩経」「書経」「春秋」「礼記」の5つのこと
著者は孔子という話になっているが、実際はわからん

先ほども説明したが、当時は治安が悪かった

が、曹操は曹崇の目を盗んでは洛陽(都)の外で狩りをしたり、
数多の悪戯を考えついては実行し、楽しんでいたらしい
そして、その行動に周りの大人たちまでもが注目するようになり
曹操の言うことなすことに驚嘆させられたとのことだ

もちろん、そんな曹操だから
曹操の周りに集まるのは、
昔風に言う
札つきのゴロツキ(現在ヤンキー)と
年頃の娘たち(現在ギャル)だったらしぃ

ここで間違えてほしくないのは、
曹操が好き勝手にしていると思い込むことである

ただ好き勝手にしているだけでは曹操ではない

きちんと両親、曹謄に礼をつくし(言いつけ、ルールを守る)
その上で、自分がやりたいことをやっていたわけだ
ただ自分勝手に動きまわるだけだったら、タダの頭悪い人間である

自分に与えられたことは全てクリアし(だから早く終わるように努力する)
その後、全力で自分のやりたいことをやる!
メリハリがある人間が曹操の曹操たる所以(ゆえん)であると俺は思う
自分の行動には責任を持つ
これが大人の第一歩であろう

ある日、曹操が2人のヤンキーを連れて馬で沛という都へ移動していた

すると、向かいのほうから寺から鐘を盗んだ盗賊3人が馬に乗ってこちらへ向かってくる
盗賊は思った
”ガキ3人が乗ってる馬は(*゚∀゚)ィィ馬だな”

なので、盗賊は奪い取る為に剣を抜く

今の現代だったら、速攻で逃げるわけだが
曹操はそうは思わなかったらしく、1人が1人を殺せば良いと仲間に告げ

ついに距離が縮まり
一触即発!
お供に連れていたヤンキー2人ゎ即死

曹操は盗賊の1人に怪我を負わせる
盗賊たちの逆鱗に触れ、曹操は追われることになる
そこで曹操は折り返し、盗賊を1人殺した
しかし、残るは曹操は1人
盗賊は2人
風前の灯火である

そこに、寺から鐘を奪った盗賊たちを追いかけてきた
”許チョ(きょちょ)”が追いつく

許チョは曹操の事情をたいして聞きもせずに

怒って鐘を持ち上げ、曹操を閉じ込めてしまう

その後、許チョは盗賊2人を殺し、
眠ってしまう

しばらくすると、許チョは起きて鐘を開けてみてビックリしたらしぃ
曹操が生きている

実は曹操、閉じ込められる瞬間に鐘の下のところに大きな石を忍ばせておいたのだ
そこから空気が入ってくる為に窒息死に至らなかったのだ

これが曹操と許チョの出会いだ
まぁ、しばらくしてから許チョが曹操に出会うまで右腕にはならなかったわけだが

これが曹操の10代後半の時期の話である
咄嗟(とっさ)の判断と応戦力
さすがだ
普段から訓練してないと
こんなことはできないし、考えもつかないだろう
たぶん、頭の中は
人間心理と物理の仕組みなど
そーとー考えまくっていたに違いない

余談になるが、許チョは
世の中に月が15個あると思っていたようだ(三日月とか満月とか)www

曹操の討論について話そうかと思う

夏候惇の話で
爆烈団という頭目の李烈というやつと戦うことになる
そこで

曹操は考えた

弁舌で人を集めた人間は、弁舌で挑戦された場合受けなければならない

というのも、弁舌を断ってしまった場合、弁舌で集まった人間が離れる可能性があるからである
よーするに組織の解体が自動的に進んでしまう傾向にある
よって弁舌を受けるしかない

討論の内容を簡単に話すとこうなる

曹操: 「爆烈団の李烈上将に問う!」

とまず、一声
次に

曹操: 「上将は、いかなる理由で(なぜ)始皇帝を目指しておられるのだ?」

その問いに李烈は答えた
李烈: 「始皇帝(劉邦)が君子にして(でもあり)天子であるからだ」
爆烈団は自信にあふれた

次に曹操は問いかけた
曹操: 「始皇帝(劉邦)が君子(大名)とは初耳だな。李烈上将の(詳細な)考えを伺いたい」

その問いに李烈は答えた
李烈: 「六の最強(※)を滅ぼし、天下を一家とし(中国統一)、兵また起こらず!(紛争は起きず)
始皇帝は強大な兵力で天下を統一し、戦乱を排した。これこそ君子の証だ!(武力鎮圧した)」
爆烈団のテンションは高調した

 ※この六の最強とは、斉(せい)、楚(そ)、燕(えん)、韓(かん)、趙(ちょう)、魏(ぎ)のこと
 ※始皇帝が自分で偉業を称えるために刻んだ「刻石」から引用している

そこで曹操はこう反撃する
曹操: 「兵は不祥の器にして君子の器にあらず!(武力使っての統一は、大名なんかぢゃない)
戦上手だったこと(項羽に何回も負けてるが)で始皇帝(劉邦)を偉大だというなら上将は君子を理解せぬ愚か者だ!(おまえは勘違い野郎だ)」
と、一括したらしぃwww

 ※武器は不吉なもので、決して君子が使うべきものではないという意味で、老子の有名な言葉

ここで李烈はキレたらしく
李烈: 「人主の患いは人を信ずるにあり、人を信ずれば人に制せらる!(人ゎ信じちゃダメ)
人を信じずおとれの知恵に頼って国を治めた始皇帝こそ天子ではないか!?(自分の能力だけ信じる)
それをも否定するか!!!」
と激怒する

 ※人を信じる事は君子にとって禁物である。人を信じれば人の風下に立たされるBy韓非子
 ※始皇帝は韓非子の熱狂的な信奉者(ファン)だったらしぃ

曹操はニカッと心の中でほくそ笑んだことだろう
曹操: 「惇(夏候惇)よ、李烈は墓穴を掘るぞ(コソコソ話)」

そして、曹操はこう言い出した
曹操: 「李烈上将まだ遠い!知をもって国を治るは国の賊なり!(人を魅せつけなければ意味ない)
すなわち、上将は始皇帝の本質を全く見落としているのだ!!(カンチガイしてんじゃねぇ)」

李烈は剣を抜きながらこう言い放った
李烈: 「始皇帝ー!法度を端し(ただし)平らかにし、万物の紀(のり)たらしむ!
何人の後も追わず、今、中国にある全てを新たに作ったのが始皇帝!(ルールを作ったのが)
これこそ始皇帝の偉大の真価だ!!!」

 ※法制を整え、あらゆる事をきちんと収めたの意味。これも刻石から引用
 

曹操はこう言い放った
曹操: 「李烈!語るに落ちたり!(おまえ、矛盾してるぞと)

何人の真似もしなかったことこそ始皇帝の始(し)たる所以!
爆烈団頭目李烈!やること全て始皇帝の猿真似に過ぎぬ貴様には
始皇帝を語る資格はない!(ルールを作れないお前には)
すなわち、爆烈団の存在を天が許してはおらぬ!!!」

そして、爆烈団は完全に萎縮し、

たった10騎の曹操たちに威圧されてしまう

このことから、わかることが少なくとも2つある

1つめは、人間は何かをする時、死ぬまで討論から離れることができない
2つめは、弁舌がうまくできる事により、目標に近づくことができる

ということだ。
つまり、弁舌(しゃべり)ができなければ
人生うまくいかないということだ
逆もしかりである

これは1つの例だが
自分の話のペースに持っていくためには

自分からしゃべる必要がある
そして、質問だ
相手に質問を返す隙を与えないことが重要だ

逆に自分が質問攻めにあう場合は
質問をし返さなければならない

10秒以内に考えられれば
まぁ、それなりだろう

ちなみに、この時代は
天=神
の考えなので
昔の日本と同じで、神の逆鱗を恐れている為
三国志の時代には、天という言葉がよく出てくる

曹操が本気で結婚しようとした1人目の女の名は水晶

と言うらしぃ

水晶は胡人であるが、とても美しかったとされている
胡人とは、中国の北方や西方に住む民族の総称である
ある日、

曹操が妾を取ることにする

と言い放ち
水晶が丁稚奉公している酒屋に訪れた。
しかし、そこには水晶の姿がなかった。

曹操は酒屋の主人に問う

曹操: 「水晶はどこですか」と、

そこで主人たちは中常侍の十常侍の筆頭

張讓(ちょうじょう)のお屋敷に奉公させる為に送り出したという話を曹操に言った
曹操は激怒する

なぜ、淫猥(いんわい)な老醜の手に!とキレる
そこで

曹操は一旦家に戻り、朝服に着替える。

朝服とは官が朝廷に出仕する際に着る服のことで、当時の正装である。

そして、曹操は張讓の屋敷に赴いた

張讓の元に通された曹操は水晶との関係を言い、
夫婦にと考えていることを告げ、返却を申し出た。
しかし、張讓はそれを断る。
理由としては、曹操が威圧しすぎた為だ
会話の一部を抜粋すると
張讓: 「誰を相手にものを言っているのか知っているのか?」
曹操: 「あなたは私を知らぬ。あなたは天子様に仕えながら
その力は大官僚の人事にまで及ぶ勢い。天下にそれを知らぬ者はいません。
だが、私の予讓(よじょう)はさがせません」
と挑発してしまう。
ここが若かった曹操、、、
まぁ若干16歳の若者だから、これでも十分すごいが
ちなみに予讓のことを説明すると、
晋の刺客で、智伯(ちはく)という人物に仕え、智伯が滅ぼされるや、
「士は己を知る者のために死す」という言葉を残して命がけで復讐しようとした人物。
話をもとに戻すが、
その後、数十人の衛兵が曹操を囲む。
そして水晶が危険を察知し、張讓の剣を抜き曹操に言い放つ
水晶: 「もうあなたが知っている水晶はいません」

曹操は食い下がる
曹操: 「アモーレ!(水晶の現地語で”愛してる”)」

そこで水晶は
水晶: 「あなたはずるい人。でも私は好きよ」
と言い放ち、張讓を斬りつける
しかし、張讓の頬を斬ることしかできず、
衛兵の手投げ槍により殺害される
曹操は嘆き、衛兵たちを複数人葬り、
敗走する

追ってがくると予想していた曹操は
まず、爆烈団の塒(ねぐら)を訪れ
「何があっても生き延びよ!生きて地に潜り我が号令を待て!」と言い放ち
家に戻る。すでに朝であった。
しかし、家の池の上には水晶の死体が吊るされており、辱めを受けていた
それにも曹操は激怒する

曹操は曹崇(父)に水晶を曹家の墓地で埋葬するように言伝、
殺害の話(殺害された衛兵の家族から)を聞いた部尉(警官)たちに家で取り押さえられる
その後、曹操の叔父の曹謄は動く。
霊帝(12代皇帝)のいる宮殿に行き、お目通りがかなう
その際に宮殿が最近変わったようだと話始める
曹謄: 「天子様にお変わりはございませぬ。ただ、あたりに妙な匂いがいたしまする。
手当たり次第に女人を囲う者でもおりますやら」
そこで霊帝はこう言い放つ
霊帝: 「馬鹿をもうせ、ここにいるのは魔羅(ちんこ)の無い宦官ばかりじゃ」
曹謄はこう切り返す
曹謄: 「イチモツがなくなっても性欲まではなくならないものでございまして、
中には異常なほどの性欲の持ち主がおりましてね、
外に出されぬ精が内で毒となり、あらゆる毛穴より匂いを発するようでございます」と
霊帝は怒る
霊帝: 「そんなやつは決して許しはせぬ!おれば即刻追放じゃ!」
曹謄は心の中でニヤッとしただろう
曹謄: 「そのような下劣な宦官は縛り首が相当でございましょう!」
霊帝はこう言い放った
霊帝: 「当然じゃ。なぁ、讓(張讓のこと)」
張讓: 「はい、仰せの通りでございます」
霊帝: 「曹謄よ、そのような者を見つけたらすぐに朕(ちん:自分のこと)に知らせよ」
と、
この話で、曹謄は打てる布石を打った
帰り際に曹謄は張讓の耳元でこう呟いた
曹謄: 「孫をどうする気だ。張讓、閻魔に引き渡せばおぬしも道連れじゃ。よいな」

こわっw
さすが権力を手に入れた人間
頭がキレる

その後、審問(裁判)が行われる
審問官は洛陽一の酷吏(こくり)の橋玄になる

この審問の論議も面白いwww
だが、今日はこの辺で記事を閉めよう。

重要なキーワードは
中常侍の十常侍の張讓との戦いだ
人間、考える力があれば
16歳でも色々な行動ができる!

曹操の初めての裁判について

話そうかと思う

曹操 孟徳(そう そう もうとく)Part5では水晶が殺され、張讓から追われる身になった曹操の話

だった
今回はその続きという位置づけだ

部尉に捉えられた曹操は投獄の身にあった

張讓は自分の手で殺そうと図っていたようだが
部尉に捕まえられてしまった為、曹操に直接手が出せなくなっていたらしぃ
そこで張讓は、洛陽の鬼神と呼ばれる裁判官の橋玄(きょうげん)というおっさんに甘い汁と脅しをかける

甘い汁とは、大尉のことで、3公の地位を指す。
大尉の地位は、軍事を統括する最高職である。
そして、脅しとは
厳格な法により曹操を斬首以外にした場合は、
裁いた人間を裁くのは私の務め
と、自分の地位でおまえの地位と命の灯火を消すのは簡単だ
という脅しをかける

橋玄と曹操のやりとりを少し話そう

橋玄: 「曹操、字(あざな)は孟徳、沛(はい)の人。
曹謄の孫にして、曹崇の長男。現在、洛陽に住まう齢(よわい)16歳。
以上に相違はないか」

曹操: 「はい」

橋玄: 「審議を行う前にひとつ言っておく。
私は法に仕える人間である。私の前で虚偽(きょぎ)を申さば
断首である。
ただ、真実のみを申せ。」
という冒頭から始まる
そして事件のあらましを話し出す。

橋玄: 「過日、きみは中常侍・張讓様の屋敷に乱入し
水晶なる使用人を拉致せんと、
18名を殺傷して逃亡したことに相違ないか」

曹操は言う
曹操: 「正確ではない」

橋玄が問う
橋玄: 「どこが、どのように正確ではないのだ?」

曹操は答える
曹操: 「まず、乱入ではない。私は武器を携えず、正面玄関で案内を乞うた。

そして、水晶を妻にするため彼女の返還を求めたのだ!拉致ではない。
張讓は返還を断る正当な理由が無いにも関わらず、それを拒み衛兵に剣を抜かせた。
私がそこで15人を殺し、3人を傷つけたといわれればそうだと答えよう。
しかし法によれば、それは正当なる防衛というものだ!
むしろ、罪は張讓にある。水晶を殺すばかりか、屍にも辱めを与えた。
あの卑劣漢(ひれつかん)こそ、ここで断罪されねばならない!」
俺ゎ思う
詳細に語り、具体性があり、自分の意見も言うことが16歳にできようか、、、
日頃から思考を怠らない努力こそが、ここに出ていると俺は思う。
投獄中に作戦を練っていたのだろう。
話を元に戻そう。

橋玄: 「張讓様の証言によれば、きみは水晶を強奪しようとし、、、」
曹操: 「返還を強奪というのならそうだ!」
橋玄: 「その際それを止めに入った張讓様の頬を剣で斬りつけ傷を負わせ、さらに、、、」
曹操: 「私なら奴の首をはねている!」
橋玄: 「逆上したきみは、逃げる時に水晶をも殺している!」
曹操: 「妻にするのが1日遅れたことを罪とするならば、私が水晶を殺したことになる」
橋玄: 「多くの衛兵も張讓様の証言を裏づけておる!
この世でこれを否定するのは、きみの叫びのみだ。
きみだけがきみを弁護しておる!
それともなにか?きみの他に誰がそれを見ていた者がいるのか?」

曹操はしばらく考える、、、
そして曹操は切り出す
曹操: 「いる」

橋玄は問う
橋玄: 「誰だ?それは」

曹操は答える
曹操: 「天だ」
曹操は本気で答え続ける
曹操: 「水晶は死に、衛兵は口を封じられ、
佞臣(ねいしん)は虚言を吐けども、
天の眼はあざむけぬ!」

 ※佞臣とは、主君にこびへつらう臣下のこと

橋玄は問う
橋玄: 「天!?とな」
そして橋玄は続ける
橋玄: 「人は助命を乞う為に何でもいうものだ!
しかし、人は天の事を知ることはできぬ!」

そこで曹操は答える
曹操: 「天を知らずして、法に従うとは笑止ではないか!」
そして曹操は言う
曹操: 「あなたは法の正しさを疑わぬが、
では、なにゆえ正しいか。
法は天意に則った時にのみ正しい!」

すると橋玄は激怒する
橋玄: 「私に向かって法を説くか!」

そして、橋玄は書記にこう言う
橋玄: 「これより、先の記録は一言たりとも漏らすでないぞ」

そして、こう切り出す
橋玄:「きみは天を語り、法を語る。
だが、天は証言せぬ!
曹操、最後にひとつ訊く。
天が君に命を与えたら君は何をする!?
もし、このまま生きられるなら天下で何をしたいのか!?」

曹操は答える
曹操: 「漢朝400年、帝室乱れ国病む。
王者に覇気なく、外戚・宦官の害甚だしく、
天下は怨念不満に満つ。
民草貧しく、悪官汚吏(あっかんおり)、利を貪る
これ獣畜生の世といわずして、なんというおうや!
これを裁かずして、正柱を律さずして、天下の正義はない!
そもそも、国家とは万民の大義
天下の大義なり
しかし、かつて天下の大義をもって世を治めた覇者はおらぬ!
曹操孟徳、今、覇者に非ず
然れども、天下の大義を知る
天が機会を与えるならば、我、天下を治るに至る!」

この言葉で、橋玄は決心する
橋玄は法の衣(マント)を曹操にかけ、
橋玄: 「法の衣を纏うがよい。わしの名は司法官の橋玄である。
きみは種になる人間だ。
いかなるものに育つ種かは分らぬが、少なくとも治世においては
姦賊の類であろう
しかし、きみの語るようにこの世はまさに乱世。
君は英雄を志し、なお、英雄となり、この乱世を治め得る人間か!?
人はきみを乱世においてもなお、姦雄と呼ぶやもしれぬ。
しかし、天と一体になっている若者を断ずるのはこの橋玄の任務ではない!
その任務は天そのものに預けることにする!」

と言い放ち、曹操を解放する

よって、曹操はその場にいた全員を巻き込み
説得できたことになる
どう全員の心を掴むか
ここに裁判の心理あり
というところか。
現在の裁判はここまで露骨ではないが、
ある程度この要素は残っている
だが、今の裁判官はここまで1人で責任を取れないので
こんな展開になることはありえないわけだが
多数の人間の心を掴むことで、現在の裁判は有利になる

まず、裁判をする際には
時系列を詳細に記し、
具体性を持って話すことが重要となる
時系列が無い場合、まず具体性に欠ける話になる為に圧倒的に不利になる
また、調書を取るのも人間だ
訴えらえている人間と、訴えられていない人間の温度差は激しい。
よって、訴えられている自分の言うことを、詳細まで聞いてくれる訴えられていない人間というのは
滅多に存在しないわけだ
自分を守れるのは、自分が主になるということを肝に銘じておかなければならない

曹操の初の仕事を話そう

洛陽の北部尉(ほくぶい)という役職についたのは
曹操が20歳の時だった

この頃、袁紹はというと
濮陽という都の県令に選ばれていた時である
県令というのは、今でいう
(都道府県)知事にあたる役職である

そして、曹操が北門に出勤し、
皆(警備たち)の前で立派な挨拶をした

現在の洛陽の治安を良くするために、
一番始末に悪い北門から正すと

この事からわかるのが、

曹操は、洛陽の治安に対して不満を抱き、
一番解決しなければならない箇所をわざわざ選んだ

出世の為の袁紹と
効率化を図る曹操との考え方の違いがここに大きく現れる
話を元にもどすが、

挨拶に対する皆の態度は不愉快だった
隊員A:「隊長殿!ご立派であります!」
という掛け声と共に、皆が笑いだす

曹操は無視し、
新しいルールを作ることを宣言する

それが、北門夜間通行禁止令だ
夜間に治安が悪くなるのは、現在の世の中でもそうで
曹操はそれを阻止する為に、夜間の通行を禁止したわけだ
詳細なルールとして、
・夜間に通行しようとする者は、何人たりとも許されない
・ルールを犯した者は、厳罰に処する
というシンプルなルールだ

すると、部下たちはこう言う
隊員B:「皇族・官吏であってもですかー?」

そこで、曹操は動く
曹操: 「私は君の発言を許してはいない(許可していない)」

すると、部下たちはこう言う
隊員C: 「俺たちは役目を知りたいんです、どうなんです新隊長殿!
皇族・官吏でもですかい?」
そして、野次が飛び交う

曹操は制する
曹操: 「隊長の命令に背くことは死罪に値する!
私は何人もといった
それは貴賤官民(きせんかんみん)を問わず
皇族・官吏より庶民の下々に至るまでだ!
後列より3名!列を出よ!」

と言うと、曹操は動き出す

しょうがなく、3人は列を出る

そして曹操は別のもう1人の後ろへ回ってこう言い放つ

曹操: 「貴様も列を出よ」

そしてこの3人に対する妥当な処罰を言わせる
男は答える
男: 「棒打ち2回」

曹操は答えた
曹操: 「なぜ2回だ!?」

男は答えた
男: 「命令不服従でひとつ、上官不敬でひとつ」

そして曹操はこう言い放つ
曹操: 「それを仲間に指図した理由を加え、打擲(ちょうちゃく)3回
貴様が罪を受けよ!!!!」

と言い放ち、処する

隊員たちは凍りついた

打擲が終わり、曹操は男に指示を出した
横に侍り、副官として働けと
これにより、隊は結束するのである

ここからが、おもしろい!
中常侍に十常侍というやつらがいたのを覚えているだろうか
知らないのであれば、ググれ

曹操は夜間通行禁止令を発したわけだが
これを犯す、重要な人物が現れる

それが、十常侍蹇碩(けんせき)の叔父の蹇朔(けんさく)だった
蹇朔は天子(皇帝)に会いに行くところだった

だが、部下は曹操のいいつけ通り通行を止めようとする

そこで蹇朔は激怒する
蹇朔: 「わしはこれから天子様に会いにいく!一時の遅れは死に値する不敬じゃ!
貴様ら下賤の者どもの首級十を挙げても申し開き立たぬわ!
それでもまだ言うか!」

と、
ここで部下たちは曹操の書いた立札を指しながら説得する
もちろん、説得できるはずがない

蹇朔は立札を破壊した
蹇朔: 「曹操とかいう馬鹿者を今すぐ連れてこい!
わしが直々に打擲してやる!」

しばらくたち、曹操が出てくる
曹操が蹇朔を捉えようとすると
蹇朔の親衛隊が防ごうとするが、返り討ちにあってしまう

そして、処刑台に蹇朔を連れて行く

曹操は副官の男に尋ねた
曹操: 「副官!彼の場合、何擲が妥当か?」

副官の男は答えた
副官: 「はい、100擲が適当であります」

そして曹操は補足する
曹操: 「それに加え、門衛威嚇脅迫、白馬馬車騎乗行列無届、紫禁朝服着用、掲板蹂躙
乱暴狼藉罪に侮辱罪、貴人にあるまじき言動、それに伴う風紀罪
配下を使っての役目妨害、部尉への脅迫と武力行為、
さらに36の罪を数える!
しかしだ、36擲を正確無比に行えば、いかなる人間も死に至ることは明白
よって、半分の18擲をもって妥当とする!」

蹇朔は脅えながらこう言い放った
蹇朔: 「待ってくれ!わしは中常侍・蹇碩の叔父じゃぞ。
部尉なら蹇碩の名を聞いたことがあるだろう。
蹇碩を呼んでくれ!奴に頼んでおまえを昇級させてやる!
どうだ?それに褒美もたんと出す!な?
おまえと部下のした事はすべて水に流してやる
悪い事はいわん!早くほどくんだ!」

そして曹操はこう言い放つのだった
曹操: 「賄賂(わいろ・まいない)を扱った罪、部尉を侮蔑し指図した罪、官名汚辱の罪、
君はまた罪を犯した。
さらに4擲を加えねばならぬではないか!」

蹇朔は命乞いをする
そして曹操は22打擲なら十分に気迫を込めて受ければ
死ぬことはないとまで助言をしている
 ※打擲とは、五彩棒という棒で背中を殴ることを指す

だが、蹇朔は話が聞こえていなかったようだ
1擲目をやられた瞬間、のたうちまわり、
心臓麻痺で死んでしまう

このことにより、都の中での旅人たちの劇で
曹操の存在は鬼という扱いをうけてしまい
都中が曹操を恐れることになる
町の市では、北門の鬼ご用達という札を貼ることによって
暴漢除けになっていたそうだwww

自分が法を含むルールを作った以上、
中途半端では何も解決できないことを曹操はわかっていたのだろう
だから厳格な漏れのないルールを作り、
それを基準に、周りを正していく姿は
やはり、創造主たる風格がある
これが、20歳の時の曹操だ

そして、この事が発端で
中常侍の蹇碩とやりあうことになる

もちろん曹操のことだから布石はちゃんと打っている
次はそのことについて語りたいと思う

むしろ、この話の参考資料は
wikiと蒼天航路だから
それを読めば、俺の考えぐらいゎ
自分で思い浮かぶことだろう

よーゎ、それをどう理解し、
どう実践で役立てるかゎ
自分次第だ((´∀`))ケラケラ

今回の曹操の話は、対蹇碩(けんせき)への秘密兵器、党錮の禁について

話そうかと思う

叔父の蹇朔を殺された蹇碩の復讐を予想した曹操は
布石を打つために、党錮の禁を調べることになる。

党錮の禁とは、後漢末期に勃発した弾圧事件のことで
宦官(かんがん)を批判的している士大夫(党人)らを弾圧した話
現在の禁錮刑とは違う禁錮刑だが、官職を追放され、出仕禁止にされる
ようするに、権力闘争の話

曹操はある日、党錮の禁の話を持ち出し、
秘書の辛(しん)に調べるように指示を出す。

しかし、部下(事務側)たちは大反対する
なぜならば、へたをすれば、全員の首が吹っ飛ぶからである

しかし、曹操は聞かない
曹操は言う
曹操: 「どんなに遠縁でも構わぬ。とにかく陳蕃(ちんばん)の縁故で存命の者は
残らずその場所を洗い出せ」

陳蕃とは、後漢の政治家だったらしぃ。
党錮の禁は166年と169年に計2回あったらしぃが、
陳蕃は169年に挙兵したが、失敗
そのまま免職された
その後、70歳を超え、80人ほど仲間を集めて抗議のため参内し、
宦官の王甫を罵倒している最中に捕縛され投獄
即刻殺害されてしまった。

もともと党錮の禁が起こった理由としては
霊帝(当時の皇帝)が自ら官職を売り、
私財を蓄えることで欲望を満たしていた
そして、その官職を買い占めて巨大化したのが
宦官(かんがん)である
チンコを切り落とすことで、後宮に入る資格を得た男たちだ
主の勢力が中常侍である
宦官たちは自分の縁者を地方官(役員)に仕立て
農民たちから高額な税収を強制する
そして、その金で、新たな官職を買い漁るという状態が続き
しまいには、中央政権を侵す
しかし、宦官政治を排除しようとクーデターが計画されたが
宦官たちの情報網の前に失敗

その首謀者が陳蕃であり、
その仲間100人弱が惨殺されて
2000名に及ぶ者が拷問を受け
逆に宦官の力を世の中に知らしめることになってしまったのが
党錮の禁だ

そして、この宦官のTOPが
張讓を筆頭にする十常侍だったのだ
曹謄はよくわからんが

十常侍は、皇帝の印璽を管理し
詔勅(皇帝の命令)を自由に実行できた

で、ここからのお話は
蹇朔を殺されて
キレた十常侍の1人
蹇碩の話だ

蹇碩の耳に
蹇朔が殺されたという知らせが入る
蹇碩が一番気に入らなかったのは
蹇朔が、蹇碩の名を出したにも関わらず
シカト(無視)して刑を処したことだった

そして、これにより曹操は蹇碩に狙われることになる

曹操は、昼夜を惜しまず調べものにふけった

実は党錮の禁の背景を調べていたのだ
都に残っていた軍隊は何で
誰が陳蕃を殺害したのか

陳蕃の死体は3つに裂かれていたという資料が残っていたようで

曹操は張奐(ちょうかん)という男を探すように辛(しん:秘書)に命じる
まず、1撃のもとに体を3つに引き裂くには、去勢された者になせる技ではないし、
当時都に残っていた軍は、羌族(きょうぞく)討伐に遠征した部隊が帰ったばかりだった
そして、隊長の張奐は、その後、官を辞めて隠遁(いんとん)していることがわかった
張奐が何かを知っているのは間違いないと、曹操は確信していた

この裏付を昼夜を問わずに調べていたのだ
辛はいつ、曹操が寝ているのかと思っていたらしぃが
たぶん、寝ていないだろう
数十分の仮眠程度だろうと思う
自分が死ぬかどうかの瀬戸際なわけだ、気合も入るだろう
 ※羌族とは、中国北西部に住んでいた異民族で、ちょくちょく漢帝国の領土を襲った

その頃、蹇碩は曹操の情報収集を部下に報告させていた
夜間、農家に押し入って強姦した12人の近習・朝臣を処刑したり、
東西南の各部尉を丸め込んで、北門と同じルールを敷かせたり
各部尉の大工・左官から多数の流民を集めて、洛陽中の全城壁を修理
等の情報を得ていた

曹操は、20歳とは思えないほど仕事が出来る男だろ、、、
すくなくとも俺が20歳の時は、こんなに全体が見えていなかった

そして具体的な1例を話すが

城壁修理の様をみて、
一番出来のいい奴に曹操はこんな言葉を投げかける

曹操: 「ここの頭(かしら)は誰だ?」
頭: 「へえ(私です)」
曹操: 「この城壁修理の作業ぶりは実に見事だ!君に洛陽城壁役の長(おさ)を申し付ける」
頭: 「ちょっとお待ち下せぇ。わしゃぁ卑しいただの職人で、、、」
曹操: 「手を休めず話せ!」
頭: 「そんな役は聞いたことねえですし、第一、わしはそんな大それたお役目を
買うほど銭など持っとりません」

曹操が言う
曹操: 「馬鹿者!役職は宮中で行われているように金で売り買いするものではない!」

この一言で、周りは一瞬凍りついた
このことが聞かれれば、党錮の禁の二の舞になると人々は思ったのだろう
そして曹操は続ける

曹操: 「役職とは、必要に応じて新設し、その仕事において最大の能力を持つ者が
長をやればよいのだ!わかったか!!!」

と言い放ち、秘書の辛に
頭に城壁に関連するあらゆる権限を与えるように手続きをとれ
と言い、次の行動へ移る

もうまさに、理に適っている話だ
現在の企業というのは、基本的に新しい役職が作られない
ある程度の役職ができてしまうと、そこに給料という金を裂かなければならないからだ
だから、基本的に日本の企業は進化が遅い。
ベンチャーでは複数の役職を掛け持ち(給料は平行)する為、成長が速い
さらに、アメリカ等ではそれが当たり前に行われているわけだから
全く効率が違う
そこを知らなければならない

話を元に戻そう
張奐の居場所を突き止めた曹操は
張奐から党錮の禁の真相を聞くことになる。

張奐に言い放った陳蕃の最後の言葉が
陳蕃: 「この国、広大なり。いずれまた、誰かが立ち上がり大義復興なる。
勅を操る十常侍に伝えられよ」
だったらしぃ
そして、陳蕃が皇帝に上奏する為の上奏文を張奐は持っていた。

陳蕃は言った
陳蕃: 「私は心のどこかで、探し出されるこの日を待っておったのかもしれませぬ。
あなたのお名前をお聞かせ願えませぬか」

曹操は無言で張奐の家を出る。
そして、張奐は陳蕃を葬ったその斧で自殺を企てようとする
しかし、曹操が家の外で言った一言が張奐の気持ちを変える

曹操: 「宦官が蔓延る(はびこる)のに荷担した君の過ちを5分と見よ
そして、この先、張奐という武人が漢の大地に打ち立てる生きた証を5分と見よ
君に自らの命を断つ気概があるならば、陳蕃を一撃のもとに葬り去った
その腕を買い上げる
生きた屍を出で、私のもとへ来い!
私は洛陽北部尉、曹操孟徳である!」

実際にこういう話の内容になったかどうかゎ定かではない

張奐が曹操について行ったのは本当の話だが
歴史がこう証明しているのだから
きっとこういう話になったのだろう
8分の裏付けが取れているから、曹操はこういう人間だったんだと思う

そして、遂に蹇碩との戦いの火ぶたゎ切って落とされることになる

とうとう蹇碩との戦いの火ぶたが切られた曹操の戦いの話

でもしようかと

ある日、曹操の北門に馬車で通過しようとした男がいた

その男こそが、皇族の亶公(ぜんこう)という男だった

実は、亶公は何も知らずにこの北門へ来たわけではなかった

これこそが、蹇碩が図った謀略だったのだ。
十常侍に趙忠(ちょうちゅう)というものがいる。
趙忠とは、霊帝(皇帝)に趙忠は我が母と言われるほどの人物で
張讓が我が父と言われていたことから察すると、よほどの権力者だった
その趙忠に亶公を動かして欲しいと頼んだのが蹇碩である

話をもどそう

亶公は副官が持っていた五彩棒を奪い取り、
副官を五彩棒で殴ってしまった。
そして亶公は言い放つ
亶公: 「わしをその禁令に従わせようとする部尉を出せと申しておろう」

それを見た野次馬が笑い出した

すると、どこからともなく

曹操: 「宋鎰!何故、補足せぬ?」

亶公は言った
亶公: 「しかし興醒めじゃのう。このように若く、やさ男の鬼では少しも恐ろしくないではないか」

曹操は言った
曹操: 「あなたは、ご自身の感興の為に、このように禁令を破り、
門衛をもてあそばれておられるのか」

亶公は答えた
亶公: 「そうだと申せば?」

曹操は言った
曹操: 「漢帝国の厳法を侮蔑(ぶべつ)したる罪により、100丁擲の罰を申し付ける!」

その瞬間、亶公の護衛をしていた配下が激怒する
この方をどなたと心得ておるか

だが、曹操は
それが事実なら、なおさら罪が重いという話をする

さらに100打擲を加えねばならぬと

それを聞いた配下たちは曹操を襲った

しかし、曹操はそれを見事に粉砕した
曹操曰くこのような話をしたようだ
曹操: 「城門はその内部の得難い貴重なものを守るためにある。
皇族ならば、ご自身を貴重なものとお考えであろう
それは、それでよい。
しかし、このような護衛でご自身を守れるとでもいわれるのか!
殿下を守っているのは国であり、城門は国の守りを示す法の入り口である
ご自身を守るための法をないがしろにされるとは
天の理(ことわり)を知らぬ貴人は、貴人たる意味がない!
補足せよ!こいつは罪人だ!」

と言い放ち、部下に亶公を打擲台(処刑台)に連れていかせる
亶公は驚く
一介の部尉ごときが皇族を処罰するなど聞いたことがないからだ
そして打擲が始まる

しばらく経って
宮中警護役の阿政(あせい)という男と蹇碩が入ってきた
亶公殿下を探しているとのことだ

曹操はしらばっくれる
曹操: 「漢帝室の方がここを通られるという知らせは受けてはおらぬが」

阿政は言う
阿政: 「その台のものはなんだ?その黄色い布からのぞいておるのは
亶公殿下の冠と外衣(がい)ではないか!」

曹操はさらにとぼける
曹操: 「ほう、そうなのか
そうとは知らず、北部禁令に従いたった今
処刑したぞ」

阿政は言い放った
阿政: 「逆賊めが!殿下に手を出しおったか!」

すると曹操

曹操: 「それなら、宮中警護役の君は、殿下をお守りする役目を怠ったことになり
君は死罪だな!」

ここで蹇碩が現れる
そして阿政に曹操を殺して構わぬと言い放つのだ

が、しかし

曹操の臨機応変な話が始まる

曹操: 「南の温徳殿に住まわれる皇族が公式の用もないのに、
なぜ、わざわざ北門を通られた?
皇族に仕える方であれば答えられよう」

蹇碩: 「おまえのような小役人の知ったことではないわ。
身分をわきまえろ」

曹操は言う
曹操: 「答えられるのであろう。なぜなら、、、
殿下の禁令破りは皇族であろうと私が処罰を下すと計算した上での
あなたの謀(はかりごと)だからだ。
酔狂を好む殿下に鬼見物でもどうかとそそのかしたのか」

大筋はあたっているであろう
そして蹇碩が答える

蹇碩: 「そんな戯言では言い逃れできぬぞ!おまえの足元の物は何じゃ!?
おまえが処刑した亶公であろう!
皇族を殺めたおまえは死罪なのじゃ!曹操!」

すると、曹操は剣を抜き、
外衣ごと、台を突き刺した

一言こう添えながら
曹操: 「奸計(かんけい)にはまった殿下を誅殺するほど、愚かではない!」

と。
そこで、北門の上から亶公の登場である

実は台にあったものは、亶公の着物を着た
ただの藁だったのだ

蹇碩にハメられたことが
完全に証明された亶公は激怒する

その後、蹇碩がどのような刑に処されたのかはわからぬが
たいそうヒドイ目にあったであろうことは間違いない

そして、亶公は曹操に感謝の意を示すために
曹操の願いを聞いてやることになる

そこで、曹操は
かねてより党錮の禁の上奏したいと伝えた

すると、亶公はビックリし
亶公: 「まるで、、、君の方が罠を張っていたようじゃ」
と褒めたようだ

たしかに。
裏の裏の裏まで読んでの、この行動
どう考えても曹操はこうなることが見えていたに違いない

曹操は曹謄の孫であり、直接手を下せる人間は数が限られている
そして、曹操が手を出してはいけない相手はある程度絞られる
そこで、権力がある人間が手を出してはいけない相手をたき付けて
行動を起こさせるであろう(起こる可能性がある)と踏んでいたのだろう

そして、それを逆手にとって
うまく皇族に取り入り、上奏までしようと
考えていたに違いない
20代でもここまで考えれる人間になれば
何事もうまくいく確率が高くなるだろう
戦の心理戦も、喧嘩の心理戦も同じで
水の流れの如く、人はその行動を起こすまでの過程がある
その過程(水の上流)がわかれば、起こす行動(水の下流)がおのずとわかる
少なくとも、確率が高い予想ができるというものだ
だから、まず行動を起こす前にある程度の仮説と予想を建て
行動することが、自分の思うままの世界に限りなく近づく第一歩であると俺は思う

曹操は神

の如し、手のひらの上での戦いにもっていくところが
神がかっている

曹操の上奏の巻~初めてお目見えする霊帝

中常侍の張讓は党錮の禁のことについて曹操が上奏しないように、霊帝に手を打っていた
が、しかし、
前回の蹇碩の失敗により、曹操が上奏する機会を得れそうだと思った張讓は
その機会を防ぐ為、十常侍を率い亶公の確保を狙う

が、しかし、
亶公は見つからなかった
曹操が先を読んで手を打っていた
時を同じくして、党錮の禁の真相を話してくれた張奐が曹操を訪れていた
曹操の元で働くことを決意していたのだ

そして、日に日に近づいてくる
亶公が主催の端午の節句(余興)開催の日
張讓は念のために、暗殺専用の射手(しゃしゅ)を宴の日に用意することにした。
しかし、宴の設営は着実に進んできているが、亶公の姿が見当たらない
十常侍の面々は必至に亶公を探すが、見つからなかった

端午の節句の当日、
とうとう亶公が曹操と張奐と一緒に霊帝の前に現れる

余興のメインは
悪鬼を払う剣舞である
曹操は化粧をし、幼少の頃から磨き上げた剣舞を始める
余興が盛り上がってきた為、張讓は射手たちに曹操及び亶公暗殺の号令を下す

しかし、張奐の護衛により阻止され、
尚且つ、その剣舞が見事に演出され
曹操が霊帝から褒美を頂戴することになってしまった

そこで、曹操は霊帝へ上奏文を提出する

そこで張讓は自分がその上奏文を取り仕切る旨を述べ、
上奏文を回収してしまう。

曹操は詳細に説明をしたが、
霊帝は所詮傀儡(しょせんかいらい)
張讓に回収された後、張讓の奸計(性欲の謀)にて霊帝は上奏文のことを忘れてしまう

これにて、曹操も張讓も打つ手なし状態に陥り、
蹇碩はこれにより身を引くことになる。
そして、これを疎んじている
中常侍らの手により、曹操は異例の大抜擢
冀州頓丘の県令(地方長官)に任命されることになる。

排除できないのであれば、出世させて都から追い出してしまおうという意図だ
つまり厄介払いである

これにより、曹操は移動することになる
ここまでが、曹操の洛陽での仕事になる。
そして、冀州頓丘の県令が最後の雇われの仕事になるのである。

仕事ができる人間というのは
歳は関係なく、中身を創造する人間であることは間違いない

ちなみに、言い忘れていたが
この冀州頓丘の県令に赴く時に
共にした人間は2人
宋鎰(副官)と辛(秘書)だった
張奐はと言うと、亶公のことが気がかりになっていた曹操は
警護役として、洛陽に残したのだ
人として、温かみのある行動であると俺は思う
決して悪魔などではないはずだ(たぶん、この行動によって更に宋鎰と辛と張奐の信頼を得る為でもあるだろうが)

曹操の最後の雇われ人の仕事の話になる

曹操が頓丘(とんきゅう)につくやいなや
さっそく宴が開かれた

主催は副県令の左嶺(されい)と
頓丘所長の奇華(きか)だった(メインは左嶺で、副が奇華)
であった

そして宴の最後には

曹操に数々の宝飾品や美女数人を献上品として捧げ

このまま任せてくれれば、頓丘は安泰だから心配しなくて大丈夫ですと言っている

曹操はその献上品をありがたくもらった

とのことだった
それに業を煮やしたのは辛(秘書)である

翌朝、辛は曹操に左嶺が頓丘を牛耳っていることを告げる
土を耕したり、頓丘で商売をするのでさえ左嶺の許可が必要だった
そして、そのルールを侵した場合は、制裁を加えるとのことだった

頓丘の税率は9割で
他の都から比べると、かなり割高だった
そして、左嶺はその6割を自宅の蔵に貯蔵しているという話が入る

それを聞いた

曹操は、ここぞとばかりに楽しんだ

期間としては、10日も宴を続けたのだ

が、しかし
ここで

曹操は次の手に出る

洛陽より商人を呼び寄せてこう言い放つ

曹操: 「この品物たちを、まとめてお買い上げいただきたい」
また、今後とも、私と取引を続けることを望むのであらば、その意思を価格に表してもらいたい」

そして商人たちは値段を個々に曹操に出した
曹操は一番高い人間にその財宝を売り払うことにした(これが当時のオークション)
やはり、値を釣り上げる作戦も考えていた
曹操は本当に抜け目のない男

であると確信したwww

そして曹操は辛に申し付ける
曹操: 「左嶺、馬喚、奇華を呼んでくれ」

左嶺、馬喚、奇華が曹操の室に入る

曹操は切り出した
曹操: 「実は話が3つある、
ひとつは悲しい話
ふたつめは苦しい話
最後に喜ばしい話だ」

曹操は続ける
曹操: 「まず、君たちから頂戴した財宝の大部分を返さねばらなぬ。
これが、悲しい話だ」

すると左嶺は答える
左嶺: 「返すなど、とんでもございません
あれはもうご随意にお使い下され」

そうすると曹操は残念そうに答える
曹操: 「勘違いするな。君たちが巻き上げたもとに返すのだ

頓丘の民がここまで飢えていなければ、
あれらの品々はすべて私のものにできたはずだ」

そして曹操は続ける
曹操: 「次は苦しい話だ。

神の祠を全て壊さねばならぬ。
神と祠を信じている民の心を思うと、
たいそう心苦しいし、
私に神罰が下るとなれば、それは大変苦しいものだからな」

さらに曹操は続ける
曹操: 「喜んでくれ、君たちの負担も軽くしてやれる。
農作物に掛ける税を現在の半分にする」

すると、左嶺は物申す
左嶺: 「そんな税率では、とてもここの行政は成し得ませぬ!」

そして曹操は答えた
曹操: 「それは案ずるには及ばん。
君たちは今日をもって、罷免(クビ)だ」

そう言いながら曹操は続ける
曹操: 「しかし、君たちに恨みを残させるわけにもいかん
悪いが、首をはねるぞ(殺すぞ)」

と言い、
左嶺、馬喚、奇華を斬首する

そして、この頃あたりから流行りだす
黄巾党が勢力を増してくることになる

曹操の力の源(爆発力か)
黄巾党の残党の青洲兵を吸収したところにあるだろう

By admin on 2011年7月3日 | さ行, 偉人 | A comment?

座右の銘

座右の銘の話しをしよう

俺の座右の銘は
思考し、学び、実行する

意外に普通だが
なぜこの座右の銘なのか

この世は思考をしなければ効率的な結果は得られない
また、学びを怠れば、これも効率的な結果は得られない
そして最後に行動しなければ確実に結果は残らないからだ

人生の指針を決めるにあたって
芯がブレてはならない

周りからなんと言われようが
自分の正義を貫き通すことは
生きる上で必要不可欠なことである

By admin on 2011年7月2日 | 哲学系, 思考, 自己啓発 | A comment?

城という漢字の意味

城という漢字の意味について考えてみようと思う

なんだかんだ

城という漢字が気に入ってたわけだが、

まず、

城っていう漢字は何から構成されているか、

城という漢字は、土を盛るという意味らしぃ

知らんかったwww

まぁ、リアルに考えてみよう

城の周りに堀とか濠を掘る時に、

その掘った後の土をどうするか?

そう
別のところに盛るしかなくなる
しかし、無駄に盛るのゎもったいない

だから、一か所に盛って

そこに城を築く

この記事でゎ、
石垣の生成の方法とか、
積み上げ型
また、築城の方法等の話もしていこうと思っている。

とにかく城に関する情報をたくさん集めたので、

色々と

城について語っていきたい

とにかく、

城ゎいろんなロマンを含んでいると俺ゎ思う

とくに、面白いのゎ
曲輪群とか、虎口の作り方www

小谷城の虎口攻めとかの話
最高すぎるwww
曲輪群とかもwww

ちなみに、城に行ったことがある人ゎ

どれぐらいいるのだろうか
大小問わず

俺ゎそこまで色々な城に行ったことゎなぃが

九州、四国、長野
この地域の城しかみたことがない

姫路城と大阪城ゎ絶対に行かないといけないな~と

信長ごっこしながら←

城を持っている知り合いがいるが

3階建ての城

ミニ城みたいなwww

骨董品がいっぱいおいてあった

当時の手裏剣だとか、
当時の刀(なまくら)だとか
当時の火縄銃だとかwww

なぜあるのかゎ
不明だがwww
さすが骨董品屋さん

まぁ、もともと

城って

しろって呼ばなかったらしぃ
って呼んでたらしぃ
で、なんの天皇だったか、、、
忘れたが
詔(みことのり)で
はじめて
城(しろ)って呼んだのが
たぶん文献で一番最初だから~
っていう説が出てた
いやはや
ここまで城のことを調べてくれている方々
さすが!
尊敬します((´∀`))ケラケラ
なので、その方たちが
世の中に情報を発信してくれているので
俺なりにも
まとめてみようかと(*´∀`)

城攻めとか、籠城戦

信長の野望で大好きなんです((´∀`))ケラケラ
まぢで

籠城されると

戦いずらすぎるwww
鉄砲とかウザすぎるwww

でゎでゎ
何の話からしようかな~

By admin on 2011年6月30日 | 発見, 談話 | A comment?

孫 武(そん ぶ) 孫子

孫子を書いた、孫武(そんぶ)について話そう

実は孫子というのは名前ではない。孫子というのは、孫武という人が書いた、孫家の為の兵法書である

これが意外と知られてないwww
いわゆるミーハーが これ言っとけば、カッコイイと思われるとか
知ったかぶって言ってるだけだ
そんなアホには、実際の孫子を読んでみて
突っ込みまくってみよう
おもしろいからwww

さてさて
話を元に戻すが

孫子とは兵法書なのだ。超有名な。

兵法書とは、そもそも
戦いの話が書いてあるんだが
どちらかというと、戦術よりも戦略よりの話の兵法書だ
年代は、紀元前5~6世紀とかの話だから
今から2400年以上前の話になる

まぁ、兵法書ゎ基本的に戦術の話よりも戦略の話に重きを置く
なぜか?
それは、戦術がいくらすごくても
国という組織ゎ成り立たないからだ

というのが理由だ

三国志の時代が俺ゎ好きなんだが
これが一番わかりやすいだろう

呂布という男がいた
こいつゎ、武力も戦術も半端じゃない
項羽と同じレベルだとさえ言われてたらしぃ
でも、こいつゎ中国統一ができなかった

なぜか?
それゎ、国を繁栄させれなかったし
なにより、戦闘バカだった
しかし、戦いをすれば
一騎当千というレベルだったのだから
1人の人間のレベルを晴かに超える強さだったんだ

しかし、戦略家の曹操に殺されることになる
戦でな

よゎ、戦術は戦略に勝てないという良い見本だ
今の世の中でいう
ハッカー(戦術)はたしかにすごいレベルで、企業を崩すこともできる
だが、ハッカーゎ会社(国)を組織できないから
日立とか富士通とかみたいにお金をもうけれない
いわゆる、金のレベルでゎはるかに負けている
地位で負ける
結果、影響を及ぼせるレベルが違う

ということになる
だから、戦術がどんなに優れていても国は作れない
というのを現代に当てはめると
どんなに、技術力があっても、戦略を練れない人間ゎ金持ちになれないことを指す
しかし、技術力が無いと差別化が図れないから、金儲けは低くなる
よって、技術力を持ってる人間を魅力で仲間にするしかない

話がずれたが
結局、そんなことが出来る人間はなかなかいない
俺が大好きな曹操は、かなり良い見本だろうと思うが

さて、孫子は
武経七書(ぶけいしちしょ)の1つである
他にある武経七書は
『呉子』(ごし)
『尉繚子』(うつりょうし)
『六韜』(りくとう)
『三略』(さんりゃく)
『司馬法』(しばほう)
『李衛公問対』(りえいこうもんたい)

があるが、
実際に役に立ちそうなのは
六韜と三略ぐらいだ
理由としては、具体的な事例にのっとって理屈詰めしていくが
他のは、どーでもいいかんぢだ
とくに、呉子が一番ひどかったwww
俺的にゎだが、、、
コンサルティングって感じだ
口だけの

まぁ、実際は戦って勝ってた人間だから
まともなんだろうが
しかし、やっぱり戦うから消耗もするし
偏屈っぽい感じだから
屁理屈でもあるが
人間として好きになれんかった
だから、主君も次々に捨てるんだろうがwww

まぁ、孫子は絶対に読んだほうがいい
具体的な話は、また後日することにする

By admin on 2011年6月29日 | さ行, 偉人 | A comment?

劉備 玄徳(りゅうび げんとく)

劉備玄徳(りゅうびげんとく)の話をしよう

やはり、三国志の話は知っておいたほうがいいだろう

劉備の話だ

劉備はとにかく昔から人当りがよかった(人徳)があった

特に、小さなころから商売と学問をやっていたから口が達者なわけだ
わらじを売れば全て完売(靴屋)
豚を売っても全て完売(肉屋)
とにかく市で商売をすればいつでも売り切れになっていたらしぃ
学問は儒学者で有名な盧植(ろしょく)というおっさんから15歳の時から学んでいたらしぃ

そして、弱いものの味方をするために
鬼嚢という別の名前も持っていた
幽州(ゆうしゅう)という地域の四の辻の銀嚢酒家というところを本拠地としていた

劉備が鬼嚢で行っていた行動は、
役人の横暴な行動を阻止するために
天誅を下すことであった(侠)

ある日、お婆さんが銀嚢酒家のドアをたたく

婆: 「鬼嚢さま、お願いします。これで息子の仇をうってください(わずかな金)」

劉備: 「金はいいよ。それよりも、仇をうってほしい相手の名を教えてくんな」
婆: 「こんなお願いをして、どうやってお返しをすればよいでしょうか、、、」
劉備: 「婆さん、いつか返してもらうから、それまで長生きしていてくんな」

というやりとりの記録が残っている

そして、婆さんの息子を殺した犯人が分かった
孫進(そんしん)の身内の役人だった

劉備は仲間を集め(賊)
孫進らを退治するべく孫進の屋敷へ向かう

孫進の屋敷の近くなり、攻撃をしかけようとしていた矢先、
孫進が屋敷から馬で駆けてくるのが見えた
しかし、孫進の後から謎な人物が孫進を追いかけている

そして、瞬く間に孫進は真っ二つにされてしまった

おどろく劉備たち
そして孫進を真っ二つにした男はこう言い放つ

男: 「ほぅ、鬼嚢の旗ではないか。次の獲物が自ら舞い込んでくるとは、今日はなんとついておる」
劉備: 「誰だ、貴様は」

男: 「我こそは、涿県済佳村(たくけんさいかむら)の出自にて、美髯団頭目(びぜんだんとうもく)関羽雲長(かんううんちょう)が義理の弟
張飛 益徳(ちょうひ えきとく)なるぞ!」

これが、劉備と張飛の初めての出会いになる

しかし、張飛は次のターゲットを劉備に絞っていた為、
戦闘は避けられなかった

劉備の配下が張飛に襲い掛かるが
次々に殺されていく
そこで、劉備は一旦張飛の義兄の関羽に降ることになる

関羽の根城に案内された劉備は
ここで、関羽との初めての出会いになる

関羽は語りだす
関羽: 「命はひとつ、身もひとつ
いずれもかけがえのないものであるように
心もただひとつの貴いものである
しかし、今の世は心を売り物にして人として醜いことを
平気でする輩がはびこっている。
義憤に耐えぬ」
と関羽は切り出した

関羽は続ける
関羽: 「鬼嚢よ、おまえは何故戦う
侠の大将になっているのは何のためだ!
俺たちは弱い民を闇で救っている
しかし、その闇の世界まで汚れてきた
義侠(ぎきょう)の心を欲望に売り渡し、民を苛む(さいなむ)輩を
俺は許せん!」

それに劉備は答える
劉備: 「俺たちはそんなことはしない。
しかし、関さんよ、ひとつ教えてほしい
次から次に現れる悪い奴らを片っ端から
とめどなく殺して、それで結局どうすりゃいい?」

関羽は答えた
関羽: 「侠の心をもって、力を集め世を正す!
鬼嚢、我が志に従え」

劉備はこう答えた
劉備: 「それは無理な相談だ」

これに驚いたのは張飛だけではなかった、
関羽: 「鬼嚢、なぜ従わぬ?」

そして劉備は言った
劉備: 「俺は、俺が楽しむために生きたいからだ」

関羽は激怒する
関羽: 「小僧!首を出せ!」

劉備は乗る
劉備: 「ああわかった。だが、俺を知ってから殺せ。
まずは俺の名前は幽州の北斗七星、劉備玄徳だ!」

関羽は止まらない
関羽: 「張飛、我が青龍偃月刀を持て!」

そして偃月刀を振りかざし、関羽は問う
関羽: 「劉備、最後にひとつ聞いてやる
おまえは何を楽しむ為に生きる?
女を抱くことか?
金を儲けることか?
財産を築き屋敷をもつことか?
それとも位人臣を極め、名声を得ることか?」

劉備は答える
劉備: 「ああ、もちろんそれらのことはみんな好きだ
だが、それよりも楽しいことがある。
それは、天下の民の笑顔を見ることだ!(天下を獲る)」

これに関羽は驚き、質問する
関羽: 「劉備、もうひとつ聞く
おまえはどのように天下を獲るつもりだ」

そして、劉備は答える
劉備: 「わからん」

劉備はしばらく考えたあと、話を続ける
劉備: 「俺にはそいつがよくわからない
わかっているのは、俺が天下の器であることだ」

関羽が問う
関羽: 「なぜ、そう言い切る?
何故それがわかるのだ?」

劉備は答えた
劉備: 「俺は自分の器はわかるが、
中身はわからんのだ
関羽!俺の器の中身にならんか
君が俺の器から溢れる時は、いつでもその器を砕けばいい」

関羽が答えた
関羽; 「いいだろう、もし俺を収めるほどの器ならば
おまえが生きている間、決しておまえの許を離れないでいよう」

大筋の話の流れはこうだ
まぁ、結局曹操の裁判の時と同じく
その場全体を説得出来ちまったわけだ
相手は自分を殺そうとしているのに

ようするに、人を率いる人間は
敵でさえ、仲間にしてしまうほど
しゃべりが出来て、信用を築かなければならない
信用を築く為に必要なのが、
その人間が、その人間になるまでの
過程で何をやっていたか
が重要になると思われる
それは、現代の世でもそうだし
人間な限り、永久に変わることはないだろう

まぁ、この話を聞いてもらったのは他でもない

劉備の3兄弟
桃園の誓いの前の背景を知っていて欲しかったわけだ

仲間ができる瞬間を
文章ゎ多少ドラマチックに仕上げてあるが
結果論から言うと、ほぼ間違ってないと思う
俺が考えたわけではないがwww
ありがとう蒼天航路www

さて、ここからは
wiki風に全てまとめることにする

まず、劉備の最後から
蜀という国の王になり、死亡する

裸一貫からやって
中国の3分の1を手に入れた男だ
まぁ、魏と呉から比べれば
残り物をかき集めた3分の1だから
あまりうまみゎないわけだが
それでも、一応
天下TOP3だ

俺が考える劉備の弱点は、
やはり、人が良すぎるからだろうと思う
自分の目標に対して一直線に進んでいけない
人のことをほったらかしにゎ出来ない
面倒見がよすぎるところが
回り道をしてしまう性質が・・・ドンマイだ

だが、その人徳のおかげで
諸葛亮公明(しょかつりょうこうめい)という稀代の天才軍師を
三顧の礼で落とせたのだろう
これが、信用を築く過程であったのなら
成功だっただろうな
もうちょっと寿命が長かったら、、、

だが、しかし
その人徳のおかげで様々な能力者が集まってくるのも事実だ

さて、
劉備の公式な戦デビューは
黄巾の乱の時だ
お供は関羽、張飛、簡雍(かんよう)、田豫(でんよ)だったらしぃ

By admin on 2011年6月25日 | ら行, 偉人 | A comment?

袁紹 本初(えんしょう ほんしょ)と張郃 儁乂(ちょうこう しゅんがい)

曹操を語る上で、外せない武将がいる。その名は袁紹 本初(えんしょう ほんしょ)である

袁紹は4代にわたって3公を輩出している、名門中の名門 袁家の御曹司である

3公とは、大尉・司徒・司空という3つの職で、当時の政府で最高の地位のことを指す
現代で置き換えれば、鳩山家(政治家)みたいな感じだと思えばいいだろう

実際どうなのかゎ定かではないのだが、

袁紹は曹操のことを親友と思っていたようだが、曹操は袁紹のことを親友と思っていなかった

説もあるらしぃ

まぁ、どちらにせよ袁紹ゎ馬鹿なところが多かったみたいだから

最初は親友だったとしても、最後にゎ愛想を尽かされていた可能性があるが、、、

主な功績をあげていくと、
当時の皇帝、霊帝の子供を授かった嫁さんの弟だか兄に何進(かしん)というおっさんがいた
で、この何進というおっさんと共同で宦官(中常侍とか)を撲滅しようと動いてほぼ壊滅させる
が、涼州の董卓が洛陽を占拠して、洛陽を出ていくしかなくなった

その後、袁紹は曹操の勧めで反董卓連合の盟主になった

よーするに、名門だからみんなゎ従うから という理由だったわけだ
能力的には、、、触れないでおこう

さて、この反董卓連合
結果的に、董卓つぶす前に自然消滅してしまった
と、いうのも

曹操が袁紹の反董卓連合から除名させられてしまったのが大きいだろう

曹操は自分から抜けるといえなかったので、袁紹をわざと逆上させて除名命令を受けたようだがwww

その辺で、

袁紹よりも曹操のほうが1枚も2枚も上手なのがわかる

だろう

そして、董卓が呂布から殺されて
そのイキオイで中原の上側河北4州を抑えることになり、
とうとう

曹操とぶつかりあうことになる

官渡の戦いで曹操に敗れるわけだが、

官渡の戦いの序章は白馬の戦いだ

圧倒的に物量で勝る袁紹は、延津の戦いでも曹操をおいつめる

だが、最終的にゎ曹操に軍配があがることになる

曹操の策略(情報戦)により烏巣というところに兵糧があると知った曹操は、烏巣を襲撃し、焼き払う

袁紹の軍の武将には、信じられないほど強い武将がいた

その名は張郃 儁乂(ちょうこう しゅんがい)

こいつのおかげで、大打撃を受けていたわけだ
だが、

烏巣を守備していた淳于瓊が堕ちたという話を聞いて、張郃は曹操に降伏

これの前後らへんで戦局は完全に逆転し

官渡で戦いに敗れる

そして、これを機に袁紹軍は衰弱していき
袁紹地震も太りすぎて病気になり死亡

という流れだ

ついでに張郃の話をもうちょっとしたいのだが、
潼関の戦いで馬超と韓遂を潰すという偉業を成し遂げ
定軍山の戦いで夏侯淵が劉備の家臣の黄忠に殺されるわけだが、張郃ゎ命からがら逃げ延びた
そして劉備の耳に夏侯淵討死の話が入った
だが、劉備にこう言わせたのだ
「一番大事な首を取っておらぬではないか!」と

そう、かの劉備にもそこまで言わせるほどの厄介なやつなのだ

それで、

張郃は曹操の死後に後を継いだ曹丕(息子)の右腕
左将軍にまで出世する

そして対蜀の任務に就くわけだが
ここでも大功績をあげている

街亭の戦いで馬謖を破り天水・南安・安定の3郡を奪い取る
そして、軍令を守らずに、この街亭の戦いで敗れた馬謖を諸葛亮は斬ることになる
これがいわゆる
泣いて馬謖を斬る
という諺になる

まぁ、それぐらい影響力がある人物だったというわけだ
この2人は

最後にwikiの言葉をお借りすると
「張郃は変化の法則を弁えており、よく陣営を統率し、状況や地形を考慮して計略通りにいかないことはなかったとされる。そのため、諸葛亮以下蜀の将兵は、皆張郃を恐れたとある。また儒学者を大事にする面もあり、同郷の卑湛を推挙したりしている。
陳寿は曹操の在世時に最も功績を立てた武将の一人と賞し、張遼・楽進・于禁・徐晃と同じ巻に張郃の伝を収録している。」

ようするに、ビックな人間を袁紹は魅力で惹きつけて
曹操が能力を発揮できる場を提供し
その信用力で死ぬまで自分の道を行きぬけた張郃に乾杯((´∀`))ケラケラ

By admin on 2011年6月24日 | あ行, た行, 偉人 | A comment?

織田 信長(おだ のぶなが)

織田信長ゎ戦国時代の大名である

最終的にゎ明智光秀から殺されたわけだが
この事件のことを本能寺の変という

信長の頭ゎ超良かった

ということを簡単に説明すると
鉄鋼船というものを作ったわけだ

鉄鋼船って、クソでかくてクソ重い
当時、船ゎ帆(ほ)を貼る技術力がしょぼかった
よーするに、風を仲間にできないから船が動かない
よって、オール(ヘラみたいなやつ)で人力で漕ぐしかないわけだ
ぢゃぁ、総重量200トンみたいな船
何人の人間が動かないといけないんだ?
しかも、右と左に班が分かれるわけだ
どうやって指揮する?
どうやって掛け声かける?
綱引きみたいに単純じゃないぞ?
クソ広い船内で
どうやって信号決めるんだ?
合図をwww

だから、物理的にそんなちんたらやってたら
敵が上ってきて
白兵戦
結局、船の意味ないじゃん
という結果になる

ここで、信長ゎ考えた
「早く動ける必要がある、そして強固で焙烙びわ(ほうろくびわ、爆弾)で船が沈まないために鉄な必要がある」

まずは早く動くために
現在の技術力では
スクリューというものを使っている

当時スクリュー(船の下にあるプロペラ(ヘリコプターの羽)みたいなやつ)っていうものが無かった時代
どうやったら早く船を動かせるか
しかも、確実な方向に

という考えを巡らせていたわけだが

どうやら、スクリューの原型は
なんかの葉っぱが落ちるときに
回転しながらキレイに1方向に落ちていくのを見て
思いついたという説がある
俺の予想だが、本当だと思う

ようするに、1方向にいくわけだ
これは使えると思うだろうよ
ずっと考えてたならな
本気だし

で、スピードゎOK
で、防御ゎ鉄でカバーすればOK
あとは踏みつぶせばOK

って感じで
その船の名前が鉄甲船(てっこうせん)っていうやつだったわけだ
これにゎ、毛利の最強の水軍、村上水軍(イメージゎ水の暴走族みたいな感じだ)もビックリ
やられてしまったわけだな

ちなみに、この時の信長チームの水軍ボスは九鬼嘉隆(くきよしたか)ってやつ

だな

あーそうだ
村上水軍ゎ愛媛とか香川にいたわけだ
で、水軍ゎ基本的に水上の安全の守り役
襲われないように守ってあげるとかで
貿易を支えてきたわけだ
だから、外国語が堪能なやつらが多かったと思われる
気になるなら調べろ

信長ゎほかにもいろいろある


気分が乗れば追加していこう((´∀`))ケラケラ

By admin on | あ行, 偉人 | A comment?

歴史教育(世界史の教育)を学ぶ

いわゆる

中等学校での世界史の教育は、もちろん現在でもなお非常にひどいものである

歴史教育の目的が、決して歴史上の日付や事件の暗記や棒読みすることではなく、いつあれやこれやの戦争があったかとか、将軍が生まれたとか、あるいはそのうえ(たいていはたいして重要ではない)ある君主が先祖代々の王冠を頭にいただいたかということを、子供が正確に知っていてもいなくてもどうでもよい

、ということを知っている教師はまことに少ない
いや実際神に誓って、そんなことは重要でない

歴史を「学ぶ」ということは、歴史的な事件としてわれわれの目に見えるものを、実際にひき起こした原因としての力を発見し、見いだすこと

である
読書や学習の技術というものはまた、次の点にある
すなわち、本質的なものを保持し、本質的でないものを忘れること

ってヒトラーが自伝で言ってるんだが
同じ思考すぎてビックリした(まったく同じことを高校生の頃に九州の教育委員会のドンに力説した)のと、ヒトラーに感動を覚えた 爆笑
ヒトラーみたいなやつ何処に行けば会えるかな 爆笑

にしても、100年前も今も
やはり人間の思考ゎ変わらずか
500年前も考え方一緒だし
尚且つ、最近の人間より
100年より前の過去の人間のほうが、今の人間たちより考えれるやつが多いのかどうなのか
気になるところだな((*´∀`))ケラケラ

まぁ、でも実際に
歴史教育を教えてくれる先生っていっぱいいるが
本当に
この人考えてるなぁ~って思ったのは
唯一中学の時の教頭先生ぐらいだったwww
角刈りの昔暴れてました系のおっさんだったが、、、
色々な経験をつんだから
色々な考え方ができるようになったんだろうなと

By admin on 2011年6月23日 | 哲学系, 思考 | A comment?

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